九州動物学院
 

スティーブン・スピルバーグ監督の話題作「A・I」という映画のお話をします。

 今からはるか未来、人間は感情を持ったロボットの制作を手がけていました。
それも「愛し・愛される」という人間がゆえに感じる感情をもつロボットです。
 完成し、「A・I」と名づけられ、愛をインプットされたロボットは、子どもでした。
死に瀕した一人息子を冷凍保存し、医学がさらに発達して治療法が見つかる日を待ち望む一組の夫婦に、その新型ロボットは託されることになったのです。

 最初は戸惑っていた夫婦も、ささくれた日常にやってきた「わが子」に、いつしか癒され、笑顔を取り戻していきました。愛をインプットされた子どもロボットはまた、懸命に愛される子どもでい続ける。しかし、この幸せは長くは続かなかなかったのです。

 冷凍保存された息子の治療法が見つかり、甦生した息子が手元に戻ってきました。喜びの中にも戸惑う両親。そして子ども達。少しずつ、その関係は壊れていき、両親は本当の息子のためにロボットを手放すことに決めたのです。

 契約上、手放す時は「廃棄」の時。自らがその引導を渡すことも契約でした。
廃棄に向かう道すがら、迷う母親。そんな状況を察することができない「A・I」。
とうとう廃棄という契約を破棄し、深い森の奥で子どもを棄てたのです。置いていかないでと懇願するロボットに、母親は「もう一緒に暮せない」と突き放しました。

 追いすがる母親に振り切られ、一人残された「A・I」は悲しみに暮れました。
「僕が本当の子どもになれば、またきっと愛される」そう信じて、本当の子どもになるために必要な妖精を探すため、幾多の危険に遭いながらも、旅を続けました。
再び愛される日を信じて。

 この物語を観た時、今の動物業界に起きている問題と重なりました。
「飼育することができなくなったので、生涯責任を持って大切に飼育して下さる飼い主を探しています」。よく見かける広告です。これと似ていませんか?

 アメリカでは、飼育できない事情ができた時、安楽死という選択をすることは、さして珍しいことではありません。薄情だと思いますか?
飼育ができなくなった時、新しい里親を探す飼い主さんは、人情に厚いヒト?

 動物の幸せは、常に愛する飼い主さんと共にあります。愛する飼い主さんと離れてどこかで命をつなぐことは、動物たちの本当のキモチでしょうか?

決して答えのある問題ではありません。
でも、愛することを知り、愛されることを求めること。
これはヒトも動物も分け隔てなく必要なことであり、共に抱く「感情」なのです。