九州動物学院
 

先日、非常にお世話になっているペット霊園の大元であるお寺の大和尚様がお亡くなりになりました。私はその息子さんである現ご住職とのお付き合いの方が深く、生前の故人のことはあまりよく存じませんでした。
その方の葬儀に参列した時、弔事だったり、参列者からもれ聞こえるお話から、非常に徳のある方だったと知りました。僧侶としてもさまざまなお立場でその職 位をまっとうされ、また地域でもいろんな役どころをお引き受けになって、仏の道のみならず、地域・社会に多大な貢献をされた方だったのです。

葬儀では故人の人となりが如実に現れるとよく言われます。参列者の数からも想像することは容易ですが、たいていは弔事などで紹介される生前の功績から推し 量ります。事実私も、生前を知らないはずの大和尚の人生を垣間見たような気がしたのだから不思議です。しかしながら、それはその方の人生からしたら、ホン の一部に過ぎません。この世に生を受け、こうしてお亡くなりになるまでの生涯の全容は、誰も知らない。人生80年と言われる時代に生きる私たちにとって は、例え親子であったとしても、故人の人生の目撃者にはなり得ないのです。

ところがペットとなると話は別です。その生涯が15年程度であるが故に、私たちはその目撃者として存在できるのです。それどころか、その生涯をまっとうするために傍らでサポートすることもできる。すごいことだと思いませんか?
今、学院の2年生が「子育て」をしています。帝王切開で生まれた仔犬を、生後数時間から引き受け、みんなで協力して命をつないでいます。体重が増えたと 言っては喜び、目が開いたと言っては感動する。日々成長する過程を、一瞬も逃さず目の当たりにしています。人一人の生涯は垣間見られても、見届けることな どできません。短い生涯を生きる動物だからこそ可能なのです。

以前お話しましたね。ペットと飼い主の間に存在する不思議なDNAの存在を。傍らにいるペットが、鏡となって自身を映し出しているのだとお話しました。憶 えていますか?15年と言う生涯を生きるペットの人生に、わが身が投影されていると考えてみて下さい。その生涯をサポートすることで、私たちは自身の人生 を、生き方を振り返ることができるのだと考えられませんか?

自分の人生の全体像は、自分しか知り得ません。試行錯誤して生きてきた道のりを知らしめるには、自分史でも書く以外方法はないでしょう。ところが、私たち のDNAを色濃く受継いだ最愛のペットたちは、自分史よろしく私たちの人生を縮図にして見事に描いてくれている。サポートしているつもりだったペットたち に、実は大きな道しるべを与えられていたのです。どうですか?傍らに座しているあなたのペット・・今日から師と仰ぎますか?それとも・・?
受け止め方は様々。あなたならどう考えますか?