九州動物学院
 

皆さんが目指しているのは、動物看護師やトリマーなど動物に関わる仕事です。
 仕事をするということは、その道のプロになると言うことですが、では「プロ」って何でしょう?社会人として働く中で一つずつ仕事を覚え、やがては「プロ」と呼ばれる人に成長していくのでしょうが、世間から見れば、新人・ベテラン関わりなく「プロ」なのです。

 私が獣医師を志し、獣医学部で学んでいる時に、そのことを実感した経験があります。在学中、動物病院でアルバイトをしていましたが、周囲には「徳田さん」とか「徳田」とか呼ばれていました。
 ところが、6年間の修学を経て、獣医師免許を取得した途端、「徳田先生」と呼ばれるようになったのです。それこそ獣医師免許という国家資格保持者にはな りましたが、私としてはまだ駆け出し。そんな気持ちからずいぶん戸惑いましたが、プロになった重責を痛烈に感じた瞬間でした。

 同時に、「言葉の重要性」に対しても認識を変えました。まだ学生だった頃は、症例として「癌だね」などと平気で口にしていましたが、獣医師としてはそんな簡単に口にしていい言葉ではなかったのです。その言葉の重さと社会的責任の大きさを、痛感しました。

 また、動物病院でのやり取りの中には、こんな場面もあります。例えば膀胱結石患者のカルシウム摂取は厳禁なのですが、飼主さんの中には「ほんの少しなら かつお節をまぶしたフードを与えてもいいでしょ?」とすがるようにおっしゃる方がいます。ほんの少しなら・・と言う言動から、獣医師の「OK」を待ってい るのがよくわかります。私たちにも情はありますから、つい「OK」と言ってしまいたくなるのです。しかしながらそこは感情に左右されてはいけない。「絶対 NO」を貫かねばなりません。
 それでも飼主さんが与えてしまうのは仕方がないことです。でもそれとこれとは大きく違います。「絶対」の認識レベルはプロと素人では天と地ほど違うと言ってもいい。ほんの少しの曖昧さが、大きな影響力で波及することは往々にしてあるからです。

 そしてもう一つは「断言」の重さです。瀕死の状態のペットを前に、これもすがるような気持ちで「まさか死なないですよね」と繰り返す飼主さん。心情とし ては「大丈夫ですよ」と励ましてあげたい気持ちになります。でもこれもNG。プロとしての断言は、絶対的確信がないと口にしてはならないのです。
このように、プロとしての言葉の重さは素人の比ではありません。軽はずみな発言をしないためには、絶対的な専門知識の裏打ちがなければなりません。動物の プロを目指して学んでいる学生諸君は今、その知識の積み上げをしているところです。言葉の一つ一つを自分の中で吟味するに足る知識を身につけて、プロとし ての職務をまっとうして下さい。