九州動物学院
 

2年ほど前から通院してきていたシーズー犬がいました。永年脂漏性皮膚炎に苦しんであちこちの病院を転々とした後、私たちのところにこられたのです。初診 時は化膿もひどく、臭いも強烈でした。改善の見込が診られない状況だったのでしょう。いくつかの病院で安楽死を勧められたそうです。非常に熱心な飼主さん でしたが、私たちのところに来た時にはもう疲れきっていて、辛い選択も覚悟していたようでした。
とりあえずやってみようと治療を開始しましたが,薬が合ったのでしょう。1ヶ月ほどで改善の兆しが診られました。2ヶ月後には驚くほど良くなったのです。飼主さんの感激は例えようもないほどで、私たちにとっても嬉しい瞬間でした。

それからの1年半余りは、飼主さんも永年の闘病生活から解放された安らかな時間でした。ところが10歳になった昨年、再び病魔に蝕まれたのです。腎不 全・・動物にとっては致命的です。急激なやせもみられ、1ヶ月ほど投薬するも検査値に好転はありませんでした。私は飼主さんにありのままを告知し、最期は 家で看取ってあげるようお勧めしました。その通りに退院された翌朝、亡くなったと電話が入ったのです。
この犬は知人のブリーダーさんから譲り受けたものだったそうです。非常に一途な飼主さんでしたので、亡くなったことをこのブリーダーさんにも報告に行ったそうです。そこで驚くほどの事実がわかったのです。

実は、この犬と私の出会いは、2年前の初診時ではなく、10年前・・この犬が生まれた直後だったというのです。このブリーダーも実は私の患者さんで、生まれたばかりのこの犬を安楽死したいという相談を受けた私は、往診に行ったのでした。
なるほど、安楽死を希望した理由は奇形でした。後肢の1本が完全に曲がっていたのです。健康体でなければ売ることはできません。飼うにしても、障害を持っ たままの一生を考えれば、やむを得ない選択と言えるでしょう。しかし、この犬を診た瞬間、「いけるかも知れない」と思いました。そこで「半年くらい様子を みたら」と勧めたのです。回復するかどうか全く不確かな状況下で、様子見を勧めることは私にとっても勇気のいる一言でした。でもどうしても安楽死を受入れ ることができなかった。これは獣医師の勘が働いたからとしか言いようがありません。

その犬が、このシーズーだったと言うのです。10年前の出来事がこんな風に現在までつながっていたのです。消えるはずだった命が、私との出会いでまた生を 取り戻し、再び死の淵に立たされた時、このような形で再会した。この犬にとって、これまで生きてきた10年は奇跡だったでしょうが、この再会も、こうして 最期を看取ることができたことも、また奇跡だと思いました。

運命の不思議には、長い人生の中、皆さん方も幾度か遭遇することでしょう。動物看護師としての毎日で、「あの時のわんちゃんですか?」と思うような出会い を果たすことは、きっと私だけではないと思います。これこそがこの仕事の醍醐味であり、尊い命の現場だからこそ起こる、運命の出会いだと思わずにはいられ ません。