九州動物学院
 

ビーグル犬の患者さんのお話をします。外飼いの犬でしたが、いつも身ぎれいにされていて、おとなしくて、性格もすごくいい。文句なしのかわいさでした。当然飼主さんはとても可愛がっておられて、いい関係であることはすぐにわかりました。

8歳になった頃でしょうか。首にしこりができたと来院されました。半年くらいかけて少しずつ大きくなってきたとおっしゃるのです。すぐに部位を切除して、 組織検査に出しましたが、結果は「メラノーマ(悪性黒色腫)」という悪性腫瘍だったのです。残念ながら非常に致死率の高い癌ですので、不治の病だと告知せ ねばなりません。悩みました。死の宣告もさることながら、この癌の経過に大きな問題があるからです。

この腫瘍の多くは、このビーグルのように首や頭、口から発症します。当然のことながら進行するにつれ肥大しますが、末期にはその顔が原型をとどめないほど 大きくなり、死に至るまで変形は続きます。平均余命は半年から1年ほど。確実にそんな経過をたどるのだと言うことを、この飼主さんに覚悟して頂かねばなら ないのです。それをどう受け止めて頂くのか・・そしてこの家族を獣医師としてどう導いていけばいいのか・・本当に悩みました。

しかしながら告知は絶対です。早期発見だったので、目の前にいる愛犬は、告知とは裏腹に非常に元気です。覚悟する時間は十分にありますが、この先の現実に 飼主さんが耐えられるのかが問題です。この病気への対処法を選択して頂かねばならないことも、さらに問題を深くしています。いかに唯一最善の方法だと思っ ても、その先には必ず哀しい別れが待っていると思えば、どんな選択も空しいものに思えるでしょう。

それでも、この家族にとって最良の方法を選択せねばなりません。少しの可能性にかけてでも放射線や抗がん剤治療で延命に願いを託すのか、無理な負担を強い ることなく自然の流れに委ねるのか。ただこうした選択を迫る時、私はいつも思います。いったい何をもって「自然」と言うのでしょうか。例えば熱が高い時。 解熱剤を使えば苦痛はなくなるし、食欲はあっても食べられない時は、点滴で栄養補給をすることは大切なことです。ではこの子の場合の自然って、いったいど んな状態なのでしょう。今は元気なこの子が、次第に原型を留めないほど醜く姿を変えていく・・その様を受入れて死を迎えることが、すなわち自然な生のあり 方なのでしょうか。

生(命)のあり方を考えた時、その手段がいかなる場合でも、どの時点であれば正しくて、どこが境界なのかなどの基準はありません。病と闘う動物とその家族に一番合った選択ができた時が、その子にとっての「自然なかたち」にほかならないのです。
安楽死という選択もあるでしょう。「元気なうちに」と死を望む飼主さんも、また愛するペットを思えばこそです。それとは逆に「どんな姿になろうとも命ある 限りは」と懸命に見届けようとなさる方もおられるのです。いかなる選択もありで、どんな最期を選ばれたとしても、私たちが最良のナビゲーターであらねばな らないことに変わりはありません。
基本は「生かすこと」です。それが生命体の本能でもあるからです。しかし、その生をまっとうできてこそ、本当の意味で生きたことになるのです。それをどうか忘れないで下さい。