九州動物学院
 

動物病院は言わずと知れた、病気やけがを治すのが仕事です。飼主さんから状態を聞き、ペットの症状から診断を下し、適切な治療が施されて完治。これが最も スムーズな流れですが、この中で一番難しいのは、やはり「診断」です。診断さえ間違っていなければ、治療自体はセオリー通りに進めていけばいいはずなので すが、実はこの診断の裏には、大きな問題が隠れているのです。

ある日、心配そうな飼主さんに連れられて、マルチーズがやってきました。非常によくない状態で、顔面は蒼白、意識も混濁していて、全身虚脱の上、心拍数ま で落ちています。「朝は元気だったんです」と、飼主さんはおろおろしながら「全く心当たりがない」とおっしゃいます。血尿まで出ている状況から、初見では 薬物か誤飲を疑いました。こんな状態の動物は急変します。一刻も早く確定診断をして、適切な処置をしないと命取りになることも少なくありませんので、飼主 さんからの情報だけが頼りなのです。

ところが事情を伺ううちに、飼主さんのお話に辻褄が合わないところが出てきます。さっき言ったことと違っていたり。こんな時、私が真っ先に考えるのは「動 物虐待」です。そそうをした瞬間、怒りにまかせて壁に投げつけた。蹴り上げた。そんな想像をしながら飼主さんに探りを入れますが、後ろめたさも手伝って飼 主さんは曖昧な返事を繰り返します。もし本当に虐待であれば、相当な衝撃を受けている可能性があるので、ことは一刻を争います。打ち明けてくれさえすれば 処置に入れるのです。

問い詰めたい気持ちはぐっと抑えて、ここは冷静に対応します。決して責めてはいけない。なぜなら、飼主さんは反省しているからこそ「本当のこと」が言えな いでいるのです。ここで飼主さんの気持ちを逆なですることは、ますます治療が遅れることになる。まずは的確な診断と治療が最優先です。
これと同様にもう一つ、核心に届きにくい重大な事故が「誤飲」です。タバコや石ころなどがよくある誤飲物なのですが、これは幸い稟告(注:飼主さんと会話しながら聴取すること)しやすい部類なので手遅れになる確率は非常に低いです。
ところがなかなか打ち明けにくいものが、生理用品や避妊具。うそみたいな話ですが、これもよくある誤飲物です。この場合は、「何か食べているかも知れない」とまでは話しても、確定情報は得られないことがほとんどです。

ペットは飼主さんのプライベートゾーンで生活しています。だからこそ、こうした重大事故は起こるのです。それゆえに飼主さんからのデータは、常に100%なものではないと心得ておかねばなりません。
こうした状況下、もっとも大切な能力は「観察力と洞察力」。稟告の中から読み取れない真実は、「言えなかった」ことの中にあるからです。「言えなかった本当のこと」を聴きとる力が、物言えぬ命を救う大切なカギになるのです。