九州動物学院
 

今日は、あるマルチーズの話をします。その子はまだ2~3歳で、見た目はとても元気な犬でした。ところが食べては吐くを繰り返していて、いくつもの病院を受診したのですが、原因がわからない。思い余ってうちにやってきたのでした。
主訴は継続した吐き気と食べた後に必ず吐くことで、症状が出始めてからすでに2週間くらい経過しているというのです。食欲はあるのですが、かなりの体重減少もありました。早速お預かりして検査することにしました。

ところが血液検査をしても異常は見られず、バリウムを飲ませても、レントゲンやエコーでも特別異常は見つかりません。ここまできたら、疑わしいのは「異物 誤飲」です。ビニールやひもなどを飲みこんでいた場合、レントゲンやエコーでは確認できないことがあります。ただしあくまでも「たぶん」であって、確証で はありません。
そうこうしているうちに、元気だったマルチーズにも衰弱が見られるようになりました。それもそのはず。原因不明のまますでに1カ月近くが経過していたからです。

残る手段は、「試験開腹」しかありません。診えない状況を診える状況に変えるのです。早速飼主さんに状況を説明し、試験開腹手術をお勧めしました。ところ が飼主さんは拒否。「おなかを切るなんてかわいそう」の一点張りなのです。衰弱し始めた犬を前に、あまり時間的余裕はありません。原因不明のこの症状も、 異物誤飲であれば辻褄が合う。でも確信ではないのです。100%でない限り、これ以上強い説得はできません。仕方なく、薬や点滴などの治療を継続しまし た。
数日が経ち、いよいよ衰弱したマルチーズは、もう立ち上がることもできません。横たわったままの愛犬を前に、やっと飼主さんは手術を受け入れました。すぐ に開腹。やっぱり・・誤飲でした。喉の奥にからまった50cmほどのビニール糸が、あちこち癒着しながら腸にまで垂れ下がっていたのです。これではバリウ ムを飲ませても、エコーでもわからないはずです。癒着部分は丁寧に切除しましたが、腹膜炎も併発していて危険な状態です。回復が見られないまま、翌日息を 引き取りました。

「あと1週間早ければ」助けられた命でした。後悔と怒りにも似た感情がない交ぜとなり、私たちも非常に複雑な気持ちでした。ところが一番苦しいのは飼主さ んなのです。「もう少し早ければ」と、誰よりも強く感じているのは他でもない飼主さんなのです。だからこそ、絶対に責めない。「手を尽くしましたが残念で した」の言葉で全ての状況を包み込む・・。そんな勇気が実はとても大切なことだったりするのです。

獣医療関係者の使命はもちろん病気やけがを治すことです。ところがこれと同じくらい重要なのは、飼主さんのケアなのです。ペットを亡くして痛みを抱えた方 や、闘病生活の中で抱えた不安を理解し、包み込む優しさが、プロとして求められる力量なのです。今回のケースも、頑なな飼主さんを説得しきれなかった力量 不足は否めません。そこの責任を飼主さんに押しつけては成長にならず、亡くなった命さえも無駄にすることになるのです。起きたこと全てを受け止め、「言っ てはいけない言葉」を慎む勇気があってこそ、命の現場のプロであると言えるのではないでしょうか。