九州動物学院
 

今日は命についてお話します。これまで幾度か命について話してきましたが、私たち命を預かる職業を志す者にとっては、重くて深い・・永遠のテーマです。しっかりと考えていきましょう。
皆さんはなぜこの世に生を受けたのか考えたことがありますか?何億という精子がたった一つの卵子を目指して競い合い、たった一つの精子と受精して命とな る。これが皆さんも小中学生の頃習った「生命誕生」の仕組みです。そして十月十日間、母親の胎内でたくさんの「進化」を繰り返しながら生まれる時を待ちま す。どこか一つでも違えば、あなた方はこの世に違う形で生を受けたかも知れない・・。こうして生まれ、こうして今「生きている」ということは、何億分の一 の確率で巡り合った、まさに奇跡なのです。そして、何億という精子の競い合いの末生まれたあなた方は、その瞬間から「選ばれし命」でもあるのです。「生き ている」ということは、すばらしいことだと思いませんか?

こうした命の営みは、何億何千の昔から連綿と続いてきました。これが「命の連鎖」ですね。私たちは親から、祖父母から、そして曾祖父母から、命の設計図を 受け継いできました。これが『ゲノム(遺伝子情報)』ですね。この精密な遺伝子を元に、私たちは生まれ、生きているのです。たくさんの科学者がこのゲノム 解読に躍起になり、ほんの一部分は解明されました。それでもまだ90%以上のゲノムは未解読のままです。また、科学の粋を集めて、人やモノのレプリカが開 発されてはいますが、未だに人間だけはつくれない。それほど「生命」というものは大きくて難解なものなのだということがわかるでしょう。

この命の神秘は、人間に限ったことではなく、もちろん動物たちも同じです。ところがこの「動物の命の神秘」には、大きな矛盾が存在します。以前もお話しま したが、安楽死の問題がそれです。私はもう数十年獣医師を続けていますので、これまで数えきれないくらいの決断をしてきました。ですが、どれほどの決断を しようとも、この問題についてはいつも悩み考えを巡らしています。同時に、何度考えようとも白黒はっきり答えの出る問題でないことも十分承知しています。

人間であれば安楽死はご法度。法的にも人道・倫理上からも、許される問題ではないのです。ところが動物には選択の余地があるのです。難病で七転八倒する ペットを見るに見かねて、「もう楽にさせてやりたい」と思うのは、愛あればこその決断です。100%助からないペットに残されたのが苦しみだけでは痛まし すぎる。愛するペットを思う飼主さんにとっては、まさに苦渋の選択です。そしてこの問題の根底には、飼主さんの精神的苦痛からの解放という問題もありま す。そう、「苦しむペットを見て苦しい」という、その気持ちに耐えられくなった末の決断でもあるのです。

人間にもなくはないと思います。愛する家族が不治の病に苦しむ姿を見て、「楽にしてあげたい」と思わないはずはありません。ところがこの思いは決して口に は出せない心の声なのです。現代社会では到底理解されない感情と言えるでしょう。ところが動物の場合は許容されるのです。痛みや苦しみからペットを解放 し、解放されたペットを見て飼主さんも安堵する・・愛ある選択として、安楽死は現実に存在しているのです。これはいい・悪いなどという表面的な問題として ではなく、再生不可能な生命の尊厳にかかわる問題として、ずっと考え続けねばならない深淵なテーマでしょう。動物と共に生きるという選択をした皆さんで す。真摯な気持ちで、この問題に向き合い続けてほしいと願っています。