九州動物学院
 

それぞれの動物病院のやっている仕事は、病院の形態によっていろいろ違いがあります。
病院によってそれぞれのやり方、手法があるし一概にこれが動物 病院の仕事だ、というのはありません。
一日に診療する頭数、どんな動物が多いかなどでも仕事の内容は変わってくるし、病院の方針で1回の診療ですべて治療 するか、数回に分けて治療するかなど、多くの理由で仕事のやり方が変わってきます。
そんな中でも、必ず同じなのは“動物を治療する”ということです。

 皆さん、動物病院にどれぐらいの動物が来て、どれぐらいの動物が死ぬかということを考えたことはありますか?
例えば、竜之介だと外来で一日150から200頭で、少なくとも4、5頭は亡くなっている。これが一ヶ月だと150頭くらいになりますよね。
すごい数で す。その数だけいろんな亡くなり方があるし、いろんなパターンがあります。動物はぐったりしているなど、具合が悪くならないと飼い主さんは気づきません。
症状を訴えられる人間と違い、かなり重症化しないと分かりづらいので、死亡率は人間より高いと思います。
本来野生にいた動物は、弱ったところを見せると敵 に襲われてしまうという感覚があるので、元気に歩こうとします。だから、竜之介に来たときは末期だったということがよくありますね。

 先日、フィラリアで末期という7、8歳のワンちゃんが竜之介にやってきました。心臓にフィラリアが詰まっていたので「お預かりして手術をします」 と入院してもらったのだけれど、手術することなく、その日のうちにワンちゃんは亡くなってしまった。
飼い主さんは「死ぬんだったら、そのまま家で看取りた かった」と悲しんでいました。けれどもそれまでの経過をみていると、この飼い主さんは8年近く一緒にいてフィラリアの予防もしていない、予防接種もしてい ない、散歩もほとんど行っていない。毎日接する時間はあったのに、いつ死んでもいい、というほどかわいがってあげることはなかった。看取りたかったという 気持ちは理解できるけれども、それまでの日々を大切にせずに、最期だけ一緒にいたい、執着するというのはすこし苛立ちを覚えます。

 私が好きな言葉で「一日が一生が如く」という言葉があります。朝おはようという時が生まれ時で、昼頑張って仕事して生きて、夜寝るときが死ぬ時で 一生を一日に喩えている。夜、寝る前に“今日は充実していた、今死んでも満足だ”と感じられる一日を送りなさいという意味です。一日一日がその積み重ね、 ワンちゃんにとっても大切な一日です。ワンちゃんの生きるスピードは、人間の7、8倍だから一日の重みは人間とワンちゃんは違います。毎日、その日一日を 満足して終えられるよう心掛けて、動物にもその気持ちで接してあげてください。そして、そのことを飼い主さんたちに伝えてあげることができる、そんな人間 になってほしいと思います。